仙台高等裁判所 昭和29年(う)734号 判決
論旨は先ず本件鉄政新聞は鉄鋼労連がその構成メンバーたる傘下労働組合の組合員に対し、その組合の決議機関の決定した意思を通達する方法として、かつ一般の組合機関紙を頒布する方法を以て釜石製鉄所労働組合の組合員に対してのみ、しかも無料で頒布したものであるから公職選挙法第百四十八条第三項の規定する新聞紙には該当しないと主張する、しかし本件において鉄政新聞が公職選挙法第百四十八条第三項の新聞紙又は雑誌に該当するならば、その時こそ被告人の本件行為は罪とならないもので、これに該当しないものであるからこそ罪となるのであり、原判決もこの点は同様の解釈をとつていることは原判文上明かであるから、論旨が鉄政新聞が公職選挙法第百四十八条第三項に該当する新聞紙ではないから本件は罪にならないというのは法の誤解であり、原判決が鉄政新聞を右条項該当の新聞紙であると認定した如く主張するのは原判決を誤解したものに過ぎない、尤も論旨が鉄政新聞が右の如き新聞には当らないと主張する根拠として述べていることは、結局鉄政新聞が公職選挙法による処罰の対象たる新聞紙又は雑誌に該当しないものとする趣旨を包含していると解されるので、更にこの点を考察すると、公職選挙法で新聞紙又は雑誌としているものは、通例は一般に頒布されるものを指すが、政党労働組合等の団体がその団体員のみに頒布するものでも、その頒布先が相当多数に上るものは、公職選挙法の解釈としては之を一般に頒布されるものと区別する理由がない、しかして記録によると本件鉄政新聞は数千人に上る釜石製鉄所労働組合員に頒布すべく七千部を印刷し、六千七、八百部を頒布したものであるから、この点において新聞紙又は雑誌たるの要件を欠くものではない。又本件鉄政新聞はなるほど直接には鉄鋼労連の本部からその経費が支弁されたもので右頒布に当つて別に代金を受領することをしなかつたことは明かであるが、それは結局釜石製鉄所労働組合員が納めている組合費の一部が鉄鋼労連に納入されており、会費の一部で右発行の費用が賄われていたことも明かであるから、右頒布は無償とはいわれない、そして記録によれば論旨も自ら主張する如く本件鉄政新聞については、鉄鋼労連本部においてこれを公職選挙法第二百一条の六の機関紙誌として自治庁長官に届出る手続をしたこともあり旁々発行者としては短期間内に更に繰返して反覆する意思の下に発行されたものであることも之を窺うに足るものであるから、之に報道や評論を掲載した以上之を公職選挙法にいうところの新聞紙又は雑誌と解するに十分である。然り而して、鉄政新聞が公職選挙法第百四十八条第三項の新聞紙又は雑誌に該当しないことは、原判決挙示の証拠によつて明かで、原判決のこの点の認定に誤りはない。
(中略)
更に論旨は公職選挙法第二百一条の六が衆議院議員選挙のみの特例として規定されていることは法の不備で、この特例は参議院議員選挙にも当然適用されるものと解すべきが如き趣旨の主張をするが昭和二十九年十二月法律第二百七号による改正前の公職選挙法としては、右第二百一条の六の規定は、衆議院議員選挙のみに対する特例であることは法文上疑いなく、之を参議院議員選挙の場合にも拡張して適用すべきものではない、又、右昭和二十九年十二月法律第二百七号による所論の改正は何等右解釈を左右するものではなく、むしろ同法律の附則第四項が従前の公職選挙法の規定により行われた選挙に関してした行為及び附則第一項本文又は同項但書に規定するこの法律の施行の前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による旨を規定していることは、右改正前の規定に関する前記の解釈が正当であることを裏付けるものである。
以上の次第で論旨はすべて理由がない。
同上第二点について
原判決挙示の証拠就中被告人の検察官に対する昭和二十八年七月九日附供述調書によれば本件鉄政新聞の編集については、もちろん組合の他の執行委員の意見も聴いたが、それはあく迄参考にしたものに過ぎず、被告人が中心になつて記事を作成し校正も被告人がしたものであることが明かであるから被告人を以て編集の実際を担当した者と解すべきは当然である、所論は法律の解釈及び事実の認定に関し独自の見解に立つもので採用することを得ない。
同上第三点について
本件鉄政新聞が公職選挙法第百四十八条第三項所定以外の新聞紙に当ることは前段説明の通りであつて参議院議員の場合は衆議院議員選挙のように同法第二百一条の六の特例がないのであるから、たとえ右新聞発行につき自治庁長官に届出済であると信じていたとしても、これを以て被告人に違法性の認識がなかつたということはできない、又被告人が本件新聞の掲載記事につき釜石市警察署の警察官に対し法に触れる点の有無につき問合せた事実のあることは認められるが、原審第五回公判における証人鈴木正司の証言によれば同人は被告人に対し本件新聞は全体として公職選挙法に違反する旨回答したもので所論の如く抹消すべき部分を指摘したというようなことのないことは明白である、その他記録を精査しても被告人に本件新聞の発行が公職選挙法に違反することの認識がなかりしものとは認められない、論旨は理由がない。
進んで職権を以て按ずるに
一、記録によれば本件起訴状記載の公訴事実(但し原判決が無罪と判定した衆議院職員選挙に関する部分は当審に移審していないのであるから、考察の対象から除外する。)は「被告人は釜石製鉄所労働組合常任執行委員宣伝部副部長なるところ、昭和二十八年四月二十四日施行の参議院議員選挙に際し岩手県地区より立候補した伊藤佐十郎及び全国区より立候補した森田清市郎、清水慎三を当選せしめる目的を以て公職選挙法第百四十八条に規定する新聞紙以外の四月十五日附第一号鉄政新聞七千部を同月十四日頃釜石市内において編輯発行するに当り、右候補者の選挙に関する報道評論を掲載し、これを約六千七、八百部位同月十七日同製鉄所附近に於て同組合執行委員等と共に、組合員その他の選挙人に頒布したものである」というにあり、その罰条としては公職選挙法第二百三十五条の二第一項第二号が掲げられてある。(なお検察官は原審第一回公判期日で起訴状の一部の訂正を行い、第六回公判期日では訴因変更の申立をし、弁護人は之に対していずれも異議ない旨申立てたのであるが、その際でも右鉄政新聞に掲載された「選挙に関する報道及び評論」が具体的にどんな記事を指すものかは何等明かにされず、その他原審公判を通じて、検察官から右の点を明かにする手続がなされたことは記録上認められない。)しかるに参議院議員選挙に関する公職選挙法第二百三十五条の二第二号の罪は、同法第百四十八条第三項に規定する以外の新聞紙又は雑誌に選挙運動期間中、当該選挙に関し報道又は評論を掲載することによつて成立するもので、その新聞紙又は雑誌に掲載された記事が、当該選挙に関する報道又は評論に当るか否かは犯罪構成要件の中核を成すものであるから、起訴状に公訴事実を掲載するに当り訴因を明示するには、これを単に抽象的に「選挙に関する報道又は評論を掲載し」と記述するのでは足らず選挙に関する報道又は評論に該当する記事が何であるかを示す等右の構成要件を具体的に示さねばならぬことはもちろんである。されば本件起訴状は訴因の明示を欠き公訴事実の記載が不十分なものであるから、そのままでは起訴の手続が方式に反して無効のものといわざるを得ない。しかしながら、右起訴状の瑕疵は補正を許さず本件公訴は直ちに棄却すべきものであるかどうかを考察するに、右程度の瑕疵では公訴事実の記載を欠如したに等しいとか、或は罪となるべき事実を全然包含していない場合に等しいとかいう如き重大なものということを得ず、又之が補正を許すことによつて被告人の利益や手続の公正が不当に害されるものとは認められず却つて補正を許さず之を無効として公訴を棄却し改めて起訴の手続をとらしめるという如きこそ被告人の利益にも反し訴訟経済の利益をも害するものと認むべきであるから右の瑕疵はその補正を許すものと解するのを相当とする、而してこの場合、裁判所としては検察官に対し、右補正を行うか否か及び補正が可能であるか否かについて釈明を求め検察官が之に応じて補正するならば之をなさしめ、若し之に応ぜず又は補正が不能である場合に初めて刑事訴訟法第三百三十八条第四号の規定によつて公訴棄却の判決をすべきものである。然り而して、右の手続を経ずして直ちに実体の審判をなすが如きはもとより許さるべきではない。しかるに、本件において原審は起訴状の前記の瑕疵を看過し直ちに実体の審判をしたもので、審理不尽の違法があり、しかもその違法が判決に影響を及ぼすことは明白であるから原判決はこの点において破棄を免れない。
二、原判決は原判示事実を認定し公職選挙法第二百三十五条の二第一項第二号を適用して被告人を懲役三月(二年間執行猶予)に処した、しかしながら右法条に違反する罪の法定刑は、二年以下の禁こ又は二万五千円以下の罰金のみであるから、原判決が懲役刑を言渡したのは明かに判決に影響を及ぼすべき法令の適用を誤つた違法があるものというべく、この点でも破棄を免れない。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)